本年は173編の応募がありました。日本語授業のカリキュラムが再編された4年前には応募数が25 編でしたが、翌年には57編、 次の年には134編、そして本年 173編と右肩上がりで伸びており、大変嬉しく思っています。審査を振り返ってみると、正直なところ、順位を付けることは大変困難であったことを、まずは申し上げておきたく思います。
さて、書評コンテストを実施する目的(意義)はいくつかありますが、そのひとつは学生の皆さんに読書習慣を付けて欲しいということです。言うまでもなく、私たちは、色々な理由で本を読みます。純文学のように人間を深く考えたいとき、推理小説のようにエンターテイメントとして気軽に読書する場合、伝記のように特定の人物の生い立ちや生き様を知りたい場合、紀行文のように特定の国に住む人々の考え方や生活様式を知るためなど読書をする理由は色々あるかと思います。しかし、読書をして終わりということではなく、読書によって受けた感動や知見を多くの人に広げていって欲しいということが書評コンテストのもうひとつの目的です。そのためには文章(書評)を書かなければなりませんが、それには自分の思いや論点を整理して客観的に他の人に伝える文章技術が必要です。そうした文章技術を磨いてもらうことも書評コンテストの目的のひとつです。こうした目的を踏まえ、審査がどのような観点から行われたかと重要な関係がありますので、「書評」というものがどういうものかについて振り返っておきたいと思います。
書評の構成要素は、第一に、書評を読んだ人に、その本のある程度の内容や背景がわかることが必要です。しかし、あらすじ感が出過ぎていないこと、またいわゆるネタバレしないことが求められます。 第二に、評者による本の評価、何が面白いのか、何が興味深いのか、何が斬新なのか、つまり読むに値する1冊なのかという点が書かれている必要があります。第三に、その本から感銘を受けた点を自分の文章として書評文に落とし込むという文章技術が必要ですが、それがうまくできているかどうかが要求されます。そして、最後に、なんといっても、"読んでみたいと思わせるなにかがある"ことが重要です。学生書評コンテスト実行委員会では、上記のような観点から、皆さんの書評を総合的に評価させていただきました。173編の応募作品から、1次審査で12編、2次審査で、その12編に、それぞれの審査員で独立に点数をつけさせていただき、最終審査で、そのうち9編を表彰させていただくということにしておりました。しかし、最終審査で上位2編が、甲乙つけ難いということで、本年は2編を学長賞として、3編を優秀賞、5編を佳作として合計10編を表彰させていただくことになりました。当然、先生方によって評価が違うこともありましたが、その場合には、どこが良いと思ったのか、どこが少し物足りなかったのかということを、ひとりずつ意見を述べていただき、慎重に審議をさせていただきました。本来は、受賞をされた10編の作品のそれぞれについて、講評を述べるべきかと思いますが、紙面の都合上、学長賞を受賞された2作品と優秀賞を受賞された3作品のうちのひとつについてほんの少しですが講評を述べさせていただこうと思います
学長賞のひとつは、ノーベル賞作家のヘミングウエイの作品で、「老人と海」と題する本を評した薬学科1年の馬場史佳さんの書評です。学生の皆さんは、読んでなくても題名は知っているという有名な作品ですね。実は、インターネットを見ると書評や感想文がたくさん出ています。しかしそうしたインターネットに出ている書評とは違って、馬場さんの書評は老人の多彩な心情、自身を鼓舞する姿を、独自の文章で明快に表現しているという審査員の先生方からの高い評価でした。なんと、馬場さんは、訳書だけでなく原書にも目を通されたと聞きましたが、原書の歯切れのよい簡潔な文体が、書評の文体にも現れていたように感じました。
もうひとつの学長賞、「ドキュメント宇宙飛行士選抜試験」の書評を書いた岡浩之君は、本の内容と関連のある宇宙航空システム工学科の4年生です。岡君は宇宙飛行士に求められる資質は何かということを、ドキュメンタリーとして深く掘り下げて表現していること、そして自分自身の就職活動にも触れて、自身の考えを的確に表現していると、これも先生方から高い評価がありました。
優秀賞は3作品に差し上げることになりましたが、そのひとつ、「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら」という書評も面白かったと思います。今、丁度、卒論要旨の提出時期と思いますが、結果(事実)はひとつ(同じ)であるにもかかわらず、違う人が書くと文章はひとそれぞれで違うと思います。この本を書評の対象として選ばれた宇宙航空システム工学科の佐々木悠太君は、同じ行為でも、人(作家)が違えばどのように表現されるかということに興味を持って素材を選ばれたのだと想像しますが、文体模写を通して、"ことば"の面白さや奥深さを読者に喚起させようとする意図がうまく表現されている書評であるとの評価でした。
最後に、審査をしていて個人的に感じたことのひとつは書評の長さです。600字から800字というガイドラインで応募していただくように応募要領を決めているのですが、本の内容を紹介した上で、自分なりの批評、評価を加えるという観点から短かすぎるのではないだろうかと少々危惧致しました。この点は、今後、学生の皆さんのご意見を聞きたいと思っています。
いずれにせよ、受賞をされた10名の方々、誠におめでとうございました。そして応募をしていただいた180名近い方々、有難うございました。 |